衣食住医
文・金子夏枝
1985年春。友人から頂戴した味噌、醤油、塩という調味料セットをきっかけに
食養〜正食〜マクロビオティックが生活の礎に。
以来、20年余。それなりの時間を経て体得したことがあるとすれば、
それは「ひとは食べたとおりの身体になる」という境地なのでありました。
17.01.02(月)
人が人を応援するって。


恒例の箱根駅伝の往路。


子供の頃は父が熱心に通っていたっけ。


難所と言われる戸塚の中継点を過ぎた藤沢橋のあたり。


そこが父のお気に入りの場所だった。


3番目のランナーが小田原まで駆け抜ける地区。


今私が住んでいる大磯につながっている区間だ。


どうして父はあの場所を気にっていたんだだろう。


家からあの場所までは徒歩で30分ほどか。


戸塚の坂を下った後ランナーは右折する。


父が東海道の直線コースではなく、坂を下りてきたあたりに陣取ったのは何か意味がある。


深読みかもしれないけれど、人が「その場所」を選ぶには何かそれなりの理由と必然があると私は思うのです。


父の選んだ場所はといえば、戸塚の難所を終えてランナーも新しい走者に変わった直後の場所だ。


結構急な下り坂を降りた後のコースはひたすら続く直線路。


単調なだけにこれもまた難しいペース配分があるのだろうけれど、父が気に入っていた場所の形状を思うにつけ、なるほどと感じるのは「変化」です。


駅伝のコースを人生と重ねても意味のないことではありましょうけれど、なんだかね、ランナーが走り抜けるコースが人生そのもののように思えて。


単調かつ順調な人生なんて恐らくつまらないものなのだと思う。


いま私とISODAが置かれている時空間はとても困難な場所でははあるけれど、だからこそここに私たち二人が配置されているのでありましょう。


こんな面倒な境遇を生きているのに、そう素直に思えるのは不思議といえば不思議ですが、生きるってやっぱり意味のあることなのですね。


ありがとうございます。


感謝いたします。


PS.
がんばれ〜〜〜!


ランナーを応援をする声を聞いていたら涙が出た。


どこの大学を応援しているとかの母校愛ではなく目の前のひとりのランナーを応援している人たちの気持ちが沿道を埋めていて、それに私は感応した。


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