衣食住医
文・金子夏枝
1985年春。友人から頂戴した味噌、醤油、塩という調味料セットをきっかけに
食養〜正食〜マクロビオティックが生活の礎に。
以来、20年余。それなりの時間を経て体得したことがあるとすれば、
それは「ひとは食べたとおりの身体になる」という境地なのでありました。
17.01.04(水)
憐れみ、施し、shareという門(ゲート)。


神の国に行き着くには越えていかなくてはならない場所がいくつもあることは知ってはいるけれど。


初めの手がかりが現在我々を訪れている苦境という門(ゲート)であることを熱に浮かされながら夢現(ゆめうつつ)に悟ったことではありました。


この苦境がなければ真の意味での憐れみ、施し、shareなど微塵もわからずに「良きにはからえ」と傲慢な世渡りのまま過ごしていただろう。


神の国の僕(しもべ)を志したことなど一度もないと言いたいところだが、いやそんなことはない。


聖者になろう。


と書いたことがあった。


やれやれ嘘はいけませんね。


なかなか完治しない風邪の熱はこの境界線を越えるために必要なパワーなのだろうか。


熱を介して普段なら越えられない境界線を行き来している。


そんな気がするのはこれもまた熱ゆえか。


22を越えていけ。


というタイトルの本を以前いただいたことがあったが、ろくに読まずに手放してしまった。


越えていくべき門(ゲート)は誰にとっても必要だ。


さあ、どんどん越えていこう。


このめんどくさい、この厄介な、この人騒がせな障害という門(ゲート)の向こうに、そして手前にあるのはただただ「感謝」という2文字のみなのだから。


平伏して今を生きよう。


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