衣食住医
文・金子夏枝
1985年春。友人から頂戴した味噌、醤油、塩という調味料セットをきっかけに
食養〜正食〜マクロビオティックが生活の礎に。
以来、20年余。それなりの時間を経て体得したことがあるとすれば、
それは「ひとは食べたとおりの身体になる」という境地なのでありました。
17.01.07(土)
あわうたの威力。


あかはなま
いきひにみうく
ふぬむえけ
へねめおこほの
もとろそよ
をてれせゑつる
すゆんちり
しゐたらさやわ


前半の24文字を男神のイザナギの命が、後半の24文字を女神のイザナミの命が詠み交わしたと言われている「あわうた」は、日本最古の文献である「古事記」や「日本書紀」より以前に書かれたとされる歴史書「ホツマツタエ」に記されているのだそうですが、


こんな具合に「伝承」めいたことばかりの史実というのは正直な話、本当にはわかりません。


歴史書というのはいつかまた新しい発見によって覆されることもありますしね。


ただ、中山博さんの「あわうた」に初めて接した7月の増上寺公演では、中山さんから伝授していただいた直後に不思議な戦慄が身体を貫き、「これは続けなくては」と直感したのは事実でして、コンサートが始まる前に次回の公演を依頼したことではありました。


その直感は9月公演の時にもまた私を訪れ、牧野さんとの3回目の饗宴をお願いする運びとなりましたことはご存知の通りです。


私は7月に中山さんから伝授を頂いて以来、折に触れ「あわうた」を唱えています。


そのためかどうかは不明ですが、9月公演のあと、長年のテーマだった「断食」と「原稿書き」を実行できるようになったのです。


この二つは長きにわたる私の宿願ともいうべきテーマでしたが、意志薄弱でだらしのない性格ゆえなかなか実現できずにおりました。


ところが9月公演の翌日の23日にすんなりと「断食」を遂行できたのです。


そしてもう一つのテーマである「原稿書き」は12月8日から始まりました。


このブログがそうです。


本来の目的のまだ演習段階ではありますが怠け者の自分が心してかかろうと決意して取り組んでいます。


そしてこれが最も不思議なことなのですが、何気なく取り掛かった9月23日と12月8日は、とてつもない良き日であることが後にわかりました。


詳細はこちらをご覧ください。


生きているといろんなことが起こります。


めげそうになる時にも「あわうた」を唱え、これからも乗り切っていこうと思っていいます。


「あわうた」のご縁を運んできてくださった牧野持侑さん、ありがとうございます。


2008年に熊野のイザナギの命のお墓を訪れた記事はこちらをご覧ください。


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イザナミの命が祀られている花の窟神社


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岩なのに「悲しみ」が伝わってくる、イザナミの命の霊体を感じる巨石

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