10.05.26(水)
音楽で涙しますか?(7,013歩) 綾戸さんのコンサートを見て多くの人が涙を流す。
英語の歌なのに。
歌詞をしっかり理解出来なくても涙が流れるのは何故だろう?
音楽を聞いて湧き出る感動は、
けっして歌の意味からだけではない。
どれだけ歌い手が自分の思いを歌にのせて人に伝えることが出来るかということが感動に結びつく。
ジャズやクラシックなど歌詞のない器楽演奏でも同じだ。
ちなみにぼくが過去に涙した3曲の演奏は歌ではなく演奏だ。
1964年2月。NYのフィルハーモニック・ホールでのマイルス・デイビスのライヴ盤『マイ・ファニー・バレンタイン』に収録された「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」。
1963年、26歳のアルバート・アイラーがデンマークのコペンハーゲンで録音したアルバム『マイ・ネーム・イズ・アルバート・アイラー』に収録された「サマー・タイム」。
晩年になり過激に自分の音楽を追求し始めたジョン・コルトレーンがフリージャズに足を踏み入れた傑作、
1965年録音の『アセンション』。
この3枚(曲)から受けた感動は今でも忘れられないし、
今聞いても涙腺はゆるむ。
ぼくにとってはどんな歌よりもインパクトが強い演奏だ。
涙するというのは自分を浄化することなので、
癒し、ヒーリング効果に密接につながっている。
音楽の持つヒーリング効果は絶大だ。
音は振動から成り立っている。
そして、世界を構成しているのは音(振動)のエネルギーだ。
そのことは、
"世界は音〜ナーダブラフマー〜"というインド哲学の根本に流れる思想と、
この世の中に存在するものはすべて振動から成り立っているという最先端の量子力学が到達した仮説が一致したことでも明らかだ。
人はそれぞれ固有の振動数を持っているので、
時に共振する。
だから波長の合う人がいたり合わない人がいたり、
自分を強く共振させる音楽(芸術)に時として出会う。
その共振が感動へと結びつく。
綾戸さんはとてもダイナミックレンジの広い人生を生きているまれに見る強烈なエネルギーの持ち主なので、
綾戸さんの歌に込められたエネルギーに多くの人は共振し、
胸を打たれる。
ただし、その波動は強烈な個性を持っているので、
テレビに出演している綾戸さんを見て、
関西のうるさいおばはんだな〜と感じる人も出て来る。
テレビに限らずメディアというものは情報を歪曲したり変質させたり劣化させたりすることがある。
特に視覚を刺激するテレビはその要素が強い。
例えば演劇。
実際のステージから沸き上がる熱気やエネルギーをテレビは伝えることが出来ない。
お芝居という形を見せているだけにすぎない。
「まず第一舞台がありまして、それはスタッフとキャストが力を合わせた舞台のこと。第二舞台は観客席。第三舞台は、第一と第二の舞台が共有する幻の舞台。劇団の自己満足に終わらず、お客さんが付き合いで来ているだけでもない、最上の形で共有する舞台、ということで第三舞台と名付けました。
これは劇団第三舞台の主宰鴻上尚史さんの名言だ。
ステージに立つ人間と観客席にいる人間との間に沸き起こるエネルギーの交換が全くテレビには反映しない。
つまり第三舞台を共有出来ないのがテレビなので感動の度合いがまったく違う。
テレビで見ただけでは綾戸智恵の魅力も凄さも個性も知ることは出来ない。
綾戸智恵と同じ空間に身を置いて視覚からだけではなく全身で綾戸智恵を受け止めてもらいたい。
6/12にコンサートで綾戸さんと共演する原信夫さんは、
綾戸智恵はひばりちゃん以来の逸材ですよと断言している。
ってなところで、本日は店じまい。
また、明日。
本日のキーワード
・ぼくが涙した3曲。
・綾戸智恵&原信夫とシャープス&フラッツのたった一回だけ
のコンサート。
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