10.07.04(日)
さよなら礼文島生まれのラテン人。(6,139歩) 10年近く前の立ち上げの時にお手伝いをした
JJazz.Netというインターネット・ラジオがある。
その時の仲間大津ジュンがつい先日亡くなった。
今日は麻布十番のバーで大津ジュンを送る会。
ぼくの知り合いの中で唯一礼文島生まれの大津ジュン。
北の果て礼文島生まれなのに気質はラテン人だった。
当時、JJazz.Netでのぼくの役割は、
Daily Web Press(DWP)という日記を書いてアップすることだった。
初日のDWPで、大津ジュンに触れているのでご紹介。
01.03.09付Daily Web Pressより。
奔放、あ、違った、本邦初登場のDaily Web Press主幹の
mizugameです。
きょうから毎日ここに登場するはず、なのでよろしく。
一体JJazzNetって何なのよって話から始めようと思う。
初日だからね。
でも、今JJazzNetスタッフ内で論争(という程でもないか・・・)となっていることから
話を始めると、
僕たち自身も、何を目指しているかってことが見え始めるので、
そこから始めたい。
JJazzNetは2週間に一度番組を更新しているインターネット・ラジオ。
チーム・リーダーは宮浦清で、
20世紀最後の年の10月に正式に放送を開始した。
選曲は大津ジュン、
えっとこの人のバヤイ、ちょっと略歴じゃすまないんだ。
って言うか〜、人に歴史ありってことをひしひしと感じさせる程、
しみじみした話がたくさん出てきそうなので、
ぜひ個人史を語ってもらいたい、これ、主幹命令だかんね、
って椎名誠口調まで出てしまったのだ。
だってさ〜、大津さんは礼文島生まれなんだぜ。
礼文島ってわかる?
どこだか知っている?
礼文島生まれの人と話したことある?
もう、これだけで興味湧くでしょ。
大津さんが若い頃は、島民が1万人くらいだったんだけど、
今や、人口3,891人なんだからね。
これは、どうあったって、
大津さんの「早すぎた自叙伝」ってやつを読ませて貰いたい。
大津さ〜〜ん、待ってるからね。
なんだか、全然話が進まないけど、
きょうはこれまで、
今日の続きはまた明日。
大津さんが礼文島で暮らしていた子供時代のことを書いてくれた
DWPをご紹介。
01.05.15付Daily Web Pressより。
衛星デジタル放送を聴くためのスピーカー選びは、
色々と迷った挙げ句、
僕のオーディオの主治医、サウンドボックスの箕口さんの推薦する
B&Wのスピーカー"LM-1"に決めた。
先週の5月11日(金)にスピーカーが届いたので
12日に配線を繋ぎ変えて"LM-1"をセッティングし、
以来、自宅にいる時はほとんど音楽を流しっぱなしにしている。
このスピーカーは当たりだった。
ペアーで4万円。メチャクチャにコスト・パフォーマンスが高い。
箕口さんに言わせると、
「ペアで10万〜20万のスピーカーに匹敵する音を出すスピーカー」
だそうだ。
小型ながら実にスケール感のある音が鳴る。
しかし、今"LM-1"を鳴らしているのは、
アキュフェーズの20年以上前のプリ・メイン・アンプだ。
恐らくアンプを換えれば、もっとこのスピーカーは鳴るだろうな〜、
と考え始めると、泥沼にはまりそうになる。
ラジオ用のスピーカーなんだから、グレード・アップの必要は無い、
と自分に言い聞かせている、今んとこはね。
ここ2ヶ月程、気になるクラシックのCDと巡り会わないし、
Music Birdのクラシック・チャンネルでも
面白い曲がかからないので、
ちょっと気持ちがクラシックから離れていた。
ところが今日、
迴由美子の『ハイドン:5つのソナタ』を聴いたらこれがとても素敵。
ハイドンのピアノ・ソナタは、
グレン・グールドと、ローランド・パティックの
『ハイドン・ピアノ・ソナタ全集』で聴いていた。
が、迴さんの演奏が一番気持ちいい。
1回目は風呂場で、2回目は仕事部屋で、続けて2回も聴くアルバムは珍しい。
早速彼女の他のアルバムを探さなくっちゃね。
こうやってまた気分がクラシックに揺り戻されるんだ。
オーディオのことを書いていたら、
タイミング良く、"礼文島のラテン人"大津ジュンさんから、
"ステレオとの出会い"のメイルが来たので紹介しよう。
これ。
大津です。
子供の頃家にSP蓄音機ありましたよ。
まさにビクターの犬が
ラッパの形をしたホーンに耳を傾けている蓄音機、
鉄の針使用でハンドル付きでグルグル回すやつ、
レコードも沢山ありました。
72回転でしたっけ厚くて重いやつ何の曲が全然覚えていないけど
なんかドイツ語のレコードやクラシック
そして戦前の流行歌を聞いた様な記憶があります。
小学校の6年だったと思いますが、
4本足のコロンビアのハイファイ・ステレオが我が家の居間に
登場するのであります。
その頃大津ラジオ店は大津電気店になり、
そしてそれから2年後中学2年になった僕の部屋には
左右にスピーカー、まん中にターンテーブルのついた
横幅60cm位のポータブルのステレオがありましたね。
それで近所のレコード店へ行っておやじのツケで
レコードをバンバン買ってきてえらくおこられたのを思い出します。
また礼文島の一家には必ず1個、有線で聞くスピーカーが
設置してあり、
まぁ漁業組合とか役所とかからの連絡を一斉に聞くために
設置してある訳ですが、
そのスピーカーはToa製で16cmのフルレンジ・スピーカーだとおもうんですが
そのスピーカーがですね何年に1辺かしりませんが
島中のスピーカーを父が新しい物と交換する訳ですよ仕事で。
そしてその交換した古い木製の箱に入ったスピーカーがうちの家の倉庫に
100も200も山と積んである訳ですよ。
そのスピーカーをですね箱からバラしてベニヤ板に穴をあけ
片側6個づづスピーカーを付ける、
そしてまた真空管アンプを父と一緒に作って
それで僕のポータブルのステレオと連結させてレコードの音をだす・・・
すごいですよ。ホントに楽しかったですね。
僕の父変な人で
そんな風に僕が楽しんでいるとある日の夜に近い夕方僕の部屋の照明、
照明といってもソケットから裸電球がぶら下がっているだけですが
その電球を赤い電球に変えてくれるんですよ。
その頃の音楽はビートルズの出始めの頃で、
父は僕がツケで買ってくるレコード代にもあまり文句を言わなくなり、
父と一緒にシャドウズやストーンズ、アニマルズにキンクスといった、
いわゆる第一次UKグループ・サウンド時代ころの音楽を楽しんでいたのです。
やはりFENとUKグループサウンド
そして父のいとこ映写技師をしていたので毎日の様に通った映画館が
今の僕に多大な影響を与えてくれた訳なんですヨ・・・
この続きもありますので
新宿ジャズ喫茶物語りとたぶんこの辺で一緒に重なって
登場しますのでこう御期待。
大津さんと僕は全く同年代。
だから、同じような年令の時に蓄音機を体験し、電蓄と出会い、
ステレオを買ってもらっている。
しかし、大津さんの育ったのは、北の果て礼文島。
大津さんの家が電気屋さんだから、
こんなに早い時代に色んな電化製品と出会えたんだろうね。
でも、父と一緒にシャドウズやストーンズを聴いていたというのは、
うらやましい体験だ。
僕の場合、家庭内に音楽的な環境が全くなかったので、
一人で開拓するしかなかったからね。
ソーロング・ジュンさん。
今頃は天国で大好きなブルース・バンドのメンバー探しで
忙しいんだろうな。
ってなところで、本日は店じまい。
コメント
(0) トラックバック
(0)
|