万歩計日和
文/写真・mizugame
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本日のネコちゃん。
17.03.14(火)
じゃずってなにさととわれたら・・・。(1,775歩) 

起床05:50 体温36.2℃ 体重52.4Kg。

何冊かの本を寝しなに読んでいる。

と言っても昔から寝付きがよくて眠れない夜がない。

読み始めて数分で眠くなる。

今の時期は朝寒くて布団からでられないのでベッドサイドに手を伸ばす。

手の先にはつねに読みかけの本が10冊ほどあるのでそのときの気分でちびちびページをめくっている。

今朝読み始めた「相倉久人のジャズ史夜話」はジャズの歴史がベラボーにわかりやすく書かれていてな〜るほどそうだったのか〜の連続。

48年前の卒論のアンチョコが相倉さんの「ジャズからの挨拶」だったけれどこの本でもう一度ジャズの歴史をおさらい出来る。

な〜るほどその1。

1619年に20人の黒人を乗せたオランダの船がアメリカにやってきて奴隷として売りさばいたのが近代奴隷貿易史の始まり。

それから19世紀の初めに奴隷の輸入が禁止されるまでの200年間に、アメリカへ送り込まれたアフリカ人の数は、1,000万人の大台を超えたといわれている。

それがアメリカにジャズという新しい音楽文化をもたらす潜在的な要因になった。

ところが奴隷制度がアメリカに導入されたのが17世紀の前半で、ジャズが誕生したのはそれから3世紀近くあとの20世紀初頭。

なんでそんなに時間がかかったのか。

合衆国へ運ばれた黒人は陸揚げされてから奴隷市場でセリにかけられる。

同じ地域からきた奴隷や親族もシャッフルされバラバラに売買されたために同じ農場に買われたとしても言葉が全く通じずお互いにコミュニケーション出来なかったことによる。

その絶望的孤独感が恐らくブルーズの根っこになるんだろうね。

な〜るほどその2。

ジャズの前史で語られるラグタイムという音楽形態がなんでヨーロッパ近代合理主義のカタマリのようなジャズに不向きなピアノという楽器で継承されたのか。

当時の音楽産業の唯一のシステムが楽譜出版で、音楽家としての成功の近道は、演奏家として評価されるよりも、売れる曲、いい曲を書くことであったからだし、ラグタイマーが人前(主には娼館)で演奏して稼ぐにはピアノがもっとも相応しかったからだ。

冒頭のたった10ページを読んだだけで2つも疑問が解き明かされるジャズ入門書を他に読んだことがない。

「さすが相倉センセ」と、みごとな語り口に感心しっぱなし。

こんな調子であと340ページ楽しめるのだからありがたい。

ジャズって何さとお思いの方必読であります。

ってなところで、本日は店仕舞い。
また、明日。

本日のキーワード
・「相倉久人のジャズ史夜話〜80の物語と160の逸話〜」相倉久人著(アルテスパブリッシング)




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