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・アメリカ乱入事始め/山下洋輔著 第二章その2


さらばスナッグ・ハーバー

「ストーリーヴィル」を出て、またまた「スナッグ・ハーバー」へと向かう。三日連続であって、つまり、一度バンドマンに甘い顔を見せるとその店は徹底的に寄りつかれてしまうという実例だ。
 ピアノのエリス・マルサリスのバンドが出ていた。評判の若い天才的トランペッター、ウィントン・マルサリスの親父さんだ。ウィントンの親父だというので最近インタビューされることが多いが、それを苦々しく思っているらしいと、これはアキ天草生田からの話だ。「息子なんかとは関係なく、おれはおれでやって来ているのだ」という当然の御態度であって、大学の音楽科の教授でもあり、ただ息子の活躍をよだれをたらして喜んでいる父親となっているわけにはいかないのだ。
 「親父に会うのか、大変だぞ。気難しく、すぐに怒鳴られるから、注意しろ」と、ウィントンがアキに言っていたらしい。
 エリス・マルサリスのバンドの正統貫禄伝統血肉モダンジャズを二階の正面の席で聴く。まさかここに乱入はあり得ないから安心して飲める。客はよく入っていて、演奏中も大声で話し、飲み、食う。ただし、耳はちゃんと聞いているらしく、一曲の中のここが聴かせ所というような所では、ちゃんと静まり、くり出されて来るプレイヤーの決め技に対して大きな拍手を送る。
 この飲み食いしながら聴いている、という事が、以前はよく分からなかった。たとえば、ビル・エヴァンスのヴィレッジヴァンガードでのライブレコードを聴くたびに、聴きながら騒いでいる奴らの事が気にかかった。あるいは、セロニアス・モンクがクラブ「ファイブ・スポット」でやった時の「ミステリオーソ」というライブレコード。大先生が珠玉のソロピアノを弾いているのに、客共はわあわあがやがやと騒ぎ、終っても拍手一つしやがらない。無礼者、愚か者とイカリつつも、なる程、何ヶ月もハウスバンドとしてやっていれば、そうなるのは当然か、今なら納得できそうだ。誰も特別驚かないということが日常だというのなら、これは実に非常にゼイタクな話なのだった。ニューヨークのジャズクラブ「ブルーノート」で見た光景は、叩きまくるマックス・ローチの左足の三十センチ前で、正装した白人男女が、ワインとステーキの食事をゆっくりとっているというものだったし、同じような話を本でも読んだ。ハーレム出身の黒人大学生が、知り合った白人娘にジャズクラブに連れて行ってくれと頼まれて、一緒に行く。おいしいワインと食事で楽しみ、お互いの事を色々話しあう。大変素晴らしい晩だったのだが、あ、そうそう、そこでやっていたのが、セロニアス・モンク四重奏団だった、という扱いなのだ。
 ゼイタクだというのだ、まったく。
 しかし、こっちでゼイタクと思う物が、かの地ではアタリマエという現象はよくあるので、逆の場合として、ドイツに住んでいる奴がクサヤとタクワンを死ぬ程食いたいと言って泣いていた事があるから、そいつにとっては、新島のクサヤ工場の隣の大根畑つき農家はこの世の文化の華の極地ということになる。
 あまり関係ない話となったが、それだからこそ、この商売、「旅」というものが必要なのだなどと妙な回路で納得したりもする。さらに、昔チャーリー・ミンガスが、話をやめない飲み食い客を怒鳴りつけたとか、そりゃあ怒鳴らずに音で黙らせなければいけない、とかいう話があったが、そういう事が非常に生々しく分かるような気がするニューオリンズの第三夜なのだ。
 「スナッグ・ハーバー」では、細身のおばさま歌手がステージに登場する。細縁の眼鏡をかけた上品な黒人女性で、スタンダード曲を歌いまくった。しかし、歌いまくっていくにつれて、明らかな「憑依現象」というものがこの方の身に発生して来て、あれよあれよという間に眼鏡はずり落ち、それをむしり取って投げ捨て、胸元ははだけ、黒いタイトスカートの中で両脚が思いっきり広げられ、腰はうねり汗は飛ぶ、という有様となった。
 「わたしにはこの人の性生活が分かるような気がします」
 「少なくとも、変態じゃあねえよな」
 などというわけの分からない会話を思わずアキ天草四郎生田としてしまった程だ。
 人前稼業に於ける「憑依現象」の必要性をいやがうえにも確認しつつ、演奏がすべて終わり、エリス・マルサリスがやって来たので、立ち上がり、挨拶をし、少し話をした。マルサリス家は、他の子供たちも皆ミュージシャンだ。
 「何か特別な教育法でもあるのですか」「いや、やはり、彼らに才能があったということだろう」などと、別に怒鳴られることもなくなごやかに過ごした。しばらく前に日本に来て、アート・ブレイキーと一緒にジョージ川口さんの四十周年記念コンサートに出た、トランペットのテレンス・ブランチャードもこの街の出身で、顔立ちも音もウィントンによく似ている。その話をすると、二人共同じ先生に習ったのだとの事だ。クラシックの先生だと思うのは、ウィントンがクラシックのレコードも出しているからで、日本でその事を聞かれたブランチャードの答えが面白かった。また聞きなのだが、「ジャズをやるにはクラシックの基礎練習が必要だ。だから出来るのは当たり前だ。ぼくだって同じように吹けるよ」。バリバリに吹ける二十歳ちょっと過ぎのニューオリンズ出身の若者がこういうことを当たり前の事として言い、同時にアート・ブレイキーにぴったりついて、時には父親の面倒を見るような態度で旅をして、音をわけ合っているという光景は、おれには大変なジャズの底力として見える。
 そしてそのウィントンは「黒人以外にジャズは出来っこない」と言い放つ。すると、この言葉は、新旧両大陸とアフリカが三つ巴になって作って来た、グジャグジャの四百年の文化的闘いの歴史を背景に、スモウとガイジン、カブキとガイジン、エンカとガイジン、ロウキョクとガイジン、ラクゴとガイジン的根本問題も含みつつこちらに伝わってくる。ま、いきなりハナモゲラ語で喋りまくる「フリー落語」なんてもので一点突破してくるガイジンがいたら、落語ファンや古典落語の真打達はどうするか、などという我田引水曲解問題もはらみつつ事態は進行していくのだ。
 大きなカウンターのあるバーに移り、わいわいと飲む。マルサリス氏が帰る時は、婦人と娘さん共ども入口で写真を撮ったりした。その後も飲み続ける。周り中いい奴ばかりで大歓迎されているという、「馬鹿芸人錯覚多幸症」となって、朝の五時まで飲んだ。と、これはあとで分かったことだ。あとで分かったことはまだあって、鴻上目撃人によれば、アキ生田が、テンコマだというのだ。
 「テンコマとは何ですか」
 「天性のコマシ師、だからテンコマです」
 「コマシというと、こちらで言う『カケシ』の事ですね」
 「そちらでは、カケシと言うのですか」
 「引っかける、が江戸っ子なまりで、しっかけるとなり、バンドマン言葉の法則によって引っくり返って、カケシとなったのです。動詞では、カケシをする、となります」
 「ほうほう、ちゃんと語源が確かめられているのですね」
 「まあ、今とっさに考えただけだけどね」
 「またまたあ、じゃあ、コマスというのはどうなるんですか」
 「まあ、引っくり返しの一種だと思いますが、これは下品だねえ。演劇関係者の言葉はバンドマンより下品なのかなあ」
 急に、会話となったわけは、鴻上目撃人も、某「野性時代」という雑誌でこのアメリカ旅報告の連載をやっていて、その中ではしょっちゅう我々が会話をしているのだ。勿論劇作家のプロだからその会話は絶妙なのだが、困ったことに、ヤバイ事は全部おれに言わせるという手法が垣間見えて来た。それへの復讐という事を試みているわけで、
 「あ、や、止めて下さい、ヨースケさん。ぼくに何を言わせようというんのですか」
 「知れたことよ。ここに書いてあるこの通りの言葉を、大声でこれから君がわめくのよ」
 「わー、待って下さい。このような、いやらしい、下品な、性差別的、人種差別的、国家差別的、身体差別的、職業差別的言辞をぼくがわめいたら、どうなりますか。劇団は焼き打ち、団員虐殺、頭皮剥離、両耳切断、肛門火箸・・・・・・」
 「自分で面白がってヤバイ言葉を並べるんじゃねえ。さあ、これを口に出して言ってみろ」
 「わー、これは駄目です。こればかりは御勘弁を」
 「じゃあ今度だけは勘弁してやるから、そっちのエッセイの会話方面も気をつけるように。ところで、アキ生田のテンコマの証拠とは」
 「はい、まず、可愛い女の子の手相を見て、ペラペラと説明をし、うっとりさせました。それから、上品な奥様風には特別装備の腕時計を見せて歓心を買いました。それから、明け方になって入って来たグラマーな張り切りギャルとはすぐに一緒に騒ぎ、気がついた時には互いのTシャツを交換しているという裸体露出的早技を出しました」
 全員泥酔のさ中によくもまあ憶えているものだ。さすが、磯プロが選んだ目撃人だった。というわけで次の日はおれは一日中死に、翌々日、起きた時には全身に、乱入闘犬ゾンビの微菌がくまなく回って、最早何のためらいもなくセントルイスへと出発したのだった。

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