万歩計日和
文/写真・mizugame
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オーストラリア・ブルー・レイン(by ヤッシー)
03.06.10(火)
面白いプロレス本(7,841歩)

すべてのプロレスはショーである。という副題のついた「流血の魔術、最強の演技」を読み終わった。

子どもの頃に力道山に熱狂したことがあるとは言え、、それは、当時の日本国民全員が熱狂したことなので、とりたてて、ぼくがプロレスに興味を持ったと言うことではない。

大人になるに従い、プロレスのうさんくささが気になり始め、プロレスの話題を自分から口にすることも無くなった。

じゃあ、どうして手に取ったの、と、問われると、タイトルの鮮やかさに思わず魅かれてしまったとしか弁明出来ないのが、村松友視さんのデビュー作「私、プロレスの味方です」。1980年の7月のことだ。

実にバランス感覚のある素晴らしいプロレス論が軽妙な文体で書かれてあり、発売と同時にベスト・セラーとなったのも頷ける。

プロレスはスポーツではあるけれど、競技ではなく、最も近いジャンルが演劇だと分からせてくれたのもこの本だ。5カウント以内であれば反則が許されるというルールを持つスポーツが競技であるわけがないからね。

村松友視さんの優れたバランス感覚は、こう言わせる。

あらゆるジャンルは平等であり、ジャンルに貴賎はない、あるのは、そのジャンル内での高級、低級、一流と五流があるだけだ。

これは見事。

能が高級で歌舞伎が低級、歌舞伎が高級で寄席は低級、新劇は正当でアングラは異端、相撲は高級でプロレスは下品、といった紋切り型の価値観が世の中をつまらなくさせる。五流の相撲取りもいれば、一流のプロレスラーもいる。箸にも棒にもかからないフランス料理もあれば、極上のギョーザに出会うことがある。ジャンルに優劣をつけていては、堅苦しくて生きにくい。

元新日本プロレスのレフェリー、ミスター高橋の「流血の魔術。最強の演技」は、単なる業界暴露本に終わっていない。

だって、今どき、プロレスが真剣勝負だなどとは、小学生でも思わないでしょ。

プロレスはもっと真剣にショー・ビジネスとしてのスタイルを確立しなければならないというミスター高橋の主張は、当たり前の提言だ。にもかかわらず、いまだにプロレス業界は、世の中で一番強い格闘家はプロレスラーだという幻想の錦の御旗を掲げて、ビジネスをしている。相当くたびれているよね、その旗は。

虚実皮膜の壮大な大河ドラマが組み立てられた上で、鍛え上げた肉体を持ったレスラーたちが、感動的なエピソードを積み重ねることが出来れば、プロレスは再びテレビのゴールデンタイムを飾ることが出来るかも知れないのにね。久しぶりに面白いプロレス本を読んだので、ご報告まで。

もっとも、エッセイとしての面白さは、「私、プロレスの味方です」に軍配が上がる。

まだ読んでない方には、絶対のおすすめ。たしか、ちくま文庫から発売されているはずだけど、もしかすると絶版かも。

ってなことで、本日は店仕舞い。
また、明日。

本日の見聞録
本「流血の魔術。最強の演技」ミスター高橋著(講談社α文庫)

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