万歩計日和
文/写真・mizugame
今日の写真
Pipoit Liveの高田さん
05.04.16(土)
高田渡さん(8200歩)

高田渡さんが亡くなりました。

携帯が、ぶ〜、ぶ〜と震えたので図書館から出てコールバックした時に知らされた。

渡さんとも共演したことのあるバッパーズのベーシストの牧さんが電話の主。

そうですか〜、やっぱり、今回はダメだったんですね、お電話ありがとうございました。

帰宅すると、nomaさんから転送メールが届いていた。

Subject: 高田渡さん訃報

私が参加している非戦音楽人会議MLに回ってきました。

取り急ぎご報告まで。

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私たちのコンサートに2回ご出演していただいた高田渡さんが本日16日1時30分ごろ釧路の病院にてお亡くなりになったという連絡がありました。
今日中にご遺体は東京に戻るようです。

4月の初旬、北海道ツアー中に体調を崩して入院しているのは知っていましたが、重体ということは昨日知人から聞くまで知りませんでした。

心からご冥福をお祈りします。

品田豊樹(げんこつまつり実行委/全国一般東京労組)

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う〜〜ん、渡さん。

70年代、日本語のフォークが全盛だった頃、ぼくは高田渡が結成した武蔵野タンポポ団のライブを何回か見ている。

くだらねえ、何が日本語のフォークだ。

音程もとれねえ歌手が、おぼつかないアコギをかきならして、私小説チックな泣き言歌って。

なんだい、これは、みっともねえ。

嫌いだった。

日本語のフォークは大嫌いだった。

欧米のグループをコピーして歌う英語で歌うロック・グループにも虫ずが走ったけどね。

ロックで括っても日本語で歌うということで括っても魅力的だったのは唯一はっぴいえんどだけだった。

ライブは下手だったけど。

特に、高田渡は大嫌いの一等賞。

若いくせに生意気でしたり顔して字余りの歌をスリー・コードでぼそぼそ歌う。

全部同じ歌に聞こえる。

分る人だけ聞いて下さいと言わんばかりだし、ステージ・マナーは「どうも」という無愛想な挨拶だけ。

なんだ、こいつは、嫌な奴だ。

そんな高田渡感をみごとに打ち砕かれたのが、ひょんなことから見に行った99年京都第19回宵々山コンサートだった。

70年代のフォークの達人が次々と登場したけれど、昔のような嫌悪感は感じない。

いたよな〜こんな人、が、いつか耳にした曲を歌い続けた。

50歳は過ぎているのにホット・パンツで足むき出しかよ、と、驚かせてくれた中山ラビはチャーミングだったし、遠藤賢司は素敵なロックン・ローラーだった。

懐かしい顔触れはそれぞれ目一杯元気を振りまいていた。

そ〜いう賑やかなステージに一転して物静かな落語家が登場して、ぼそぼそと話し始めた。

「何もこんな暑い日に野外コンサートに来ることはないのに、みんな暇だね。ぼくは仕事だから仕方なく来たんだけど」

その一言は大きな拍手に包まれた。

物静かで小柄なのに圧倒的なオーラを感じさせる高田渡がステージに登場した。

現れただけで存在感が際立っている。

そして、歌い、話し始めた。

長年かけて熟成された芸の力を感じさせる高田渡のステージは、まるで志ん生 (5代目)そのものだ。

ぼくは、その時に、高田渡のスタンスが初めて分った。

どこにも属さず誰にもよりかからず自分の道を踏み外さない、渡さんの凄みを感じて脱帽した。

こ〜いう人だったのか〜、高田渡って。

もうちょい、ちびちびと、明日も高田さんのことを語っちゃおう。

ってなところで、本日は店仕舞い。
また、明日。

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本日の図書館
・CD『雅楽の世界 (上)』(日本コロムビア)
・CD『雅楽の世界 (下)』(日本コロムビア)
・本「心を生み出す遺伝子」ゲアリー・マーカス著(岩波書店)

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