万歩計日和
文/写真・mizugame
今日の写真
こんなんが家の中に迷い込んで来ました。
12.10.09(火)
シカゴ。(7,833歩)

代田橋アルファボックスで散髪後、浜松町の文化放送へ。

シカゴ来日特番に出演後、会議室でコンサート・パンフのための対談。

2年半ぶりに来日するシカゴは下記三カ所でコンサートを開催する。

2012/10/20(土) 東京国際フォーラム ホールA(東京都)
2012/10/22(月) オリックス劇場(旧大阪厚生年金会館)(大阪府)
2012/10/24(水)  新潟県民会館 大ホール(新潟県)

レコード会社で洋楽のディレクターをやっていた頃シカゴを担当した。

担当したレコードは下記6枚。

Chicago III (1971年) - シカゴIII
Chicago at Carnegie Hall (1971年)
               - シカゴ・アット・カーネギー・ホール
Chicago V (1972年) - シカゴV
Chicago Live In Japan (1972年) - シカゴ・ライヴ・イン・ジャパン
Chicago VI (1973年) - シカゴVI(遥かなる亜米利加)
Chicago VII (1974年) - シカゴVII(市俄古への長い道)

ジャズ、それもフリー・ジャズばかり聴いていたぼくの耳にもシカゴは鮮烈な印象を与えた。

二度目の来日時(72年)には、カーネギーホールのライブ盤が発売された直後であったにもかかわらず、ライブ録音を申請したら何とOKの返事を貰え、これで味をしめて翌年には「ロータスの伝説・サンタナ・ライブ・イン・ジャパン」まで制作してしまった。

24歳、新米洋楽ディレクターの若僧によくこんなことをやらせてくれたものだ。

しかも、レコーディング経験ゼロだというのに、トラック・ダウンまで任されてしまった。

今聴いても『シカゴ・ライブ・イン・ジャパン』も『ロータスの伝説』も圧倒的な演奏だし、リマスタリングされて発売されたCDの音質がとても素晴らしい。

番組もパンフ用の対談もシカゴの思い出話でいっぱい。

と言っても、記憶力が悪いためにほとんど覚えていないけど。

今でも覚えているのは1972年7月15日、青山の草月会館でタージマハル旅行団のライブ・レコーディングを終えて、同僚の市橋君の車で帰宅途中、追突されてしまったことだ。

帰宅してから痛い首筋をかばいながら締め切りの迫った「シカゴ V」のライナー・ノートを書き始めた。

あんまり首が痛いので翌朝病院に駆け込みむち打ち症だと診断されたが、レコードの発売を遅らせるわけにはいかないので、激痛に堪えながら4日間かけて20,000字の原稿を書き上げた根性だけは立派だった。

テリー・カスとピーター・セテラが抜けた今のシカゴはどんなサウンドを出しているのかしらん?

本日のキーワード。
シカゴ2012年来日公演

12.10.10(水)(7,240歩)
書類の整理とPDF化をこつこつと・・・。

ってなところで、本日は店じまい。
また、明日。

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