万歩計日和
文/写真・mizugame
今日の写真
本日のネコちゃん。
17.03.16(木)
ダイヤルロックが錆びついているサムソナイトのアタッシェケースが。(9,769歩)

起床04:44 体温35.9℃ 体重53.2Kg。

今書いている備忘録の参考にするために久しぶりにサムソナイトのアタッシェケースを取り出したはいいけれどダイヤルロックの番号を忘れてしまったので開かない。

朝早く浅草のエースカスタマーサービスセンターに寄り解錠してもらった。

職人さんにアタッシェケースを預けてサービスセンターの玄関脇で待っていたら5分もしないうちに持ってきてくれた。

ダイヤルロックの部分が錆びついてました。ワタシが35年ほど前に入社した時によく使われていた製品ですから、だいぶ立ちますよね、と職人さん。

アタッシェケースの中味はこれ。

P1100396.jpg

1963年から70年、つまり高校1年から大学卒業まで書いていた日記。

CBSソニーレコードでアルバイトしていたころのことが書いてあるはず。

浅草を後にして市ヶ谷駅前でY.Sさんとイチオンのロゴの打ち合わせ。

市ヶ谷を後にして下北沢のアレイホールのT.Mさんと4月2日の最終打ち合わせ。

下北沢を後にして新橋でT.Mさんの月例会に久しぶりに参加。

朝早くからよく動いた。

せっかくだから備忘録に書いたこのアタッシュケースのエピソード部分をご笑覧下さい。

 村松友視が1980年に発表した「私プロレスの味方です」は競技と演技が結びついた不思議な魅力といかがわしさに彩られた"プロレス"の見方を見事に紐解き、力道山以来プロレスにご無沙汰していたぼくですら、熱狂する本だった。
 早速そのベストセラーの著者で中央公論編集者村松友視に連絡をとり、夏の暑い日、京橋の明治屋前で待ちあわせて喫茶店に入った。

 座談の名手村松さんの話は面白く初対面にもかかわらず2時間近く話し込んでしまった。打ち合わせを終え支払いをしていると村松さんがじ〜っと僕の手元を見つめていた。
 著者から受け取る原稿や絵や写真などが汚れてはまずいので、当時サムソナイトのアタッシェケースを手にしていたが、長髪でジーパンを履いた若造には似合うべくもなく、友人からはいつも笑われれていた。
「やっぱりアタッシェケースは似合わないですよね」と照れ隠しを口に出すと「いやね、拾ったと思われないかなと心配しているんです」という鮮やかな村松さんの切り返しにあった。
 本の企画を練っている間に村松さんはひんぱんにマスコミに登場し始め、1982年「時代屋の女房」で直木賞を受賞して出版社の原稿依頼が殺到した。これはダメだ、フリーの編集者のぼくが出る余地はない。しばらくほとぼりが冷めるまで待つしかないので、時折村松さんに連絡をとりつつチャンスを伺っていた。

P1100388.jpg

この日から4年後、ぼくは村松さんと一緒に一年間下町の玉三郎と話題になり始めた梅沢富美男さんを追っかけることになった。

ってなところで、本日は店仕舞い。
また、明日。


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