万歩計日和
文/写真・mizugame
今日の写真
本日のネコちゃん。
17.07.09(日)
デビューから4年目で27歳の生涯を終えるというのはあまりにも短すぎる・・・。(2,065歩) 



起床05:35 体温35.8℃ 体重未計測。

朝からとっても暑い。

散歩に出ず録りだめたテレビ番組とDVDと読書ざんまい。

ジャニス・ジョプリンのドキュメンタリー映画ジャニス:リトル・ガール・ブルー』がとても切ない。

テキサス州ポート・アーサーという保守的な南部に生まれ育ったために自由奔放なジャニスはまわりから理解されず友達のいない学生時代を過ごす。

卒業後彼女はサンフランシスコを拠点にしてロック・クイーンとして大成功する。

10年ぶりに高校の同窓会に出席したジャニスに対して同窓生たちの目は相変わらず冷ややかだった。

以後ジャニスは二度と故郷に帰ることがなかった。

1970年夏。多くのミュージシャンが一緒に列車で移動しながらカナダ各地で開催した"フェスティバル・エクスプレス"の模様を収めたドキュメンタリー映画の中のワンシーンがこの映画にも使われている。

移動中の車内でジャニスがグレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアと「お互い元々はカントリーを歌ってたんだよね」と談笑し、ガルシアの伴奏でジャニスが「ミー・アンド・ボビー・マビー」を歌うシーンが素晴らしい。

この曲はフェスティバル・ツアーの二ヶ月前に別れたばかりのジャニスの元恋人クリス・クリストファーソンの作。

録音を終えた時にクリスに電話で聞かせるとクリスから「見事な歌いぶりだよ」と絶賛されている。

フェスティバル・ツアーから二ヶ月後、デビューから4年目の1970年10月4日。ジャニスは27歳という短い生涯をレコーディングで宿泊していたモーテルの一室で閉じた。

遺作『パール』からシングル・カットされた「ミー・アンド・ボビー・マギー」はジャニス最大のヒットとなる。

こどもの頃からの夢を実現させ大スターになったものの死ぬまで幸せとは無縁だったジャニス・ジョプリンが見事にスクリーンに映し出されている。

ジャニスが『パール』を発売した時ぼくは担当ディレクターだったけれどこの時大きな判断ミスを犯している。

アメリカで「ミー・アンド・ボビー・マギー」がシングル・カットされたけれどシングル・ヒットは難しいのでは?という判断で日本では当初「ジャニスの祈り」をA面にして発売してしまったことだ。

ミー・アンド・ボビー・マギー  ジャニス・ジョプリン



ミー・アンド・ボビー・マギー クリス・クリストファーソン



この美少女にも注目!



ってなところで、本日は店仕舞い。
また、明日。


本日の見聞録
◎DVD『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』

・フェスティバルエクスプレス

◎[読了]『spectator vol.39〜パンクマガジン「jam」の神話〜』
     ((有)エディトリアル・デパ−トメント)

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