万歩計日和
文/写真・mizugame
今日の写真
本日のニャンちゃん。
18.05.08(火)
どこまで続く泥濘ぞ、気持ちいいのでどこまで続いてもいいけれど。(3,594歩)

起床05:20 体温36.3℃(06:05) 体重51.0Kg。

その本の「はじめに」の冒頭を読んだだけでこれは面白い本だという予感は見事に当たった。


山下聖美著『宮沢賢治のちから』(新潮新書)。


大磯図書館のCD貸出しコーナーの今月の特集「朗読CD」で目に付いた又吉直樹の『火花』を借りるついでに隣に置かれていた宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』をついでに借りたのが2018年2月4日。


つまり93日前。


堤真一の朗読が気持ちよくて最後まで聴けたけれど何も面白くなかった『火花』とは対照的にビックリしたのが『セロ弾きのゴーシュ』。


亡くなった翌年1934年に発売された「セロ弾きのゴーシュ」で宮沢賢治は振動性音響療法のことを語っている。


恐らく日本で初のサウンドセラピー小説だ。


アメニモマケズの人でしょということしか知らず今までの人生で一度も興味を持ったことのなかった宮沢賢治に興味の矛先が一気にピンポイントした。


これは泥沼だ。


と言えるくらい宮澤賢治は深い。


地質学、天文学、音楽、宗教、農業、鉱物学、文学、エコロジー。


賢治の興味の振幅は広くてグローバル。


宮沢賢治は日本を代表するコスモポリタンだ。


これほどの天才が122年前に当時人工3,000人ほどだった岩手県中西部の稗貫(ひえぬき)郡川口村川口町(現在の花巻市)に生まれた。


幼い頃から周囲の多くの誤解、無理解、誹謗中傷にさらされた37年間という短い生涯。


宮沢家が稗貫郡きっての大富豪でなかったら賢治は世の中に知られることもなくひっそりと消えていっただろう。


生前の賢治を庇護したのは家族だけだと言っても過言ではない。


特に2017年下期直木賞を受賞した門井慶喜の『銀河鉄道の父』で描かれた賢治の父親政次郎と、賢治の才能を見抜いていた2つ年下の妹トシの存在が大きい。


生前の賢治がどれだけ社会的名声と程遠い存在だったかを『宮沢賢治のちから』の山下聖美は「はじめに」の冒頭5行で記している。


生涯に稼いだ原稿料はたったの五円。自費出版で詩集を出すものの、古本屋の店頭で風雨にさらされる。続いて出た童話集もほとんど売れず、印税代わりにもらったのは自著百部。家出、フリーター生活を経て定職についたものの、転職を繰り返し、パラサイトシングルのまま三十七年の短い生涯を閉じる。さらに付け加えるなら、極度の「シスコン」・・・。


とんでもなく興味深い人とぼくは出会ってしまった。


グレン・グールドの弾くピアノ・ソナタとマレイ・ペライアの指揮するピアノ協奏曲を聴いて「よ、よ、世の中にこれほど破綻のない流れるような音楽を作曲した人がいたんだ!」と驚嘆し、40代間近にしてモーツァルトに引きずり込まれて以来の出会いだ。


運が良かったのは耳から宮沢賢治が入ってきたことだ。


賢治が紡ぐ物語はとても音響的だから。


童話というものは本来親が子に語って聞かせるものだしとんでもないオノマトペが登場する賢治の文章は耳で聴いてこそ面白さが倍加する。


このところ次から次へと賢治本を読み漁っている。


賢治に関する本はたくさん出版されているが今すぐにでも読みたいのは山下聖美著『検証・宮沢賢治論』


ぴりっと辛口の宮沢賢治研究家山下聖美が語る205冊の宮沢賢治文献を書評した本だ。


いつ図書館に本が届くのか楽しみに待っている。


ってなところで、本日は店じまい。


また、明日。


本日の見聞録
◎読了『宮沢賢治のちから』山下聖美著(新潮新書)

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