万歩計日和
文/写真・mizugame
今日の写真
本日のワンちゃん。
18.07.11(水)
祈るということがどうにも分からない。(万歩計付け忘れ)

起床05:55 体温36.5℃(07:55) 体重53.0Kg。

祈りについて書こう。


センチメンタル・シティ・ロマンスの中野督夫さんが6月26日にクモ膜下出血で手術をした。


現在も昏睡状態だ。


督さんの相方新倉愛さんがメッセンジャーでそのことを同報メッセージで伝えた。


以来多くの方々からのメッセージが続々送られて来る。


多くの方が「督さんのことを祈っています」とメッセージしている。


ぼくは祈っているとは書けなかった。


友人の有岡真さんが何年もの間昏睡状態になった時にぼくがやったことは有岡さんが生前大好きだったフランス映画のDVDやシャンソンのCD、落語のCD、アロマテラピーを奥さんに渡して「有岡さんは意識があるが外にそれを伝える機能が麻痺しているだけ。だから刺激をどんどん与えて下さい」とお願いした。


落語のCDに笑い、シャンソンや古楽器の音を懐かしみ孫が生まれたという知らせに有岡さんは涙したと言う。


これと同じことを愛さんへメッセージした。


ぼくは特定の宗教を信じているわけではないし神の存在というものが分からない。


祈るということも今ひとつピンと来ない。


お釈迦様はこう言ってる。


「祈ることでなにか得られるものがあるならば何もせずに祈っていてください」と。


「祈って解決するのなら努力する必要はありません」


「けれども現実には、祈ったところで何ひとつ解決しません」


「宗教に頼って祈っているだけでいい、自分はがんばらなくても祈れば何かを得られる。それは怠け者の発想だと思いませんか?」スリランカ仏教界の長老アルボムッレ・スマナサーラ師は言う。


この考え方に納得する。


つまりテーラワーダ(初期)仏教。


これは宗教というよりも倫理の教えだと思うけど。


生物、無機物を問わずすべてのものに魂は宿るというアニミズムには惹かれる。


アイヌや縄文人の考え方だ。


神と宗教の問題に関してはいまだに自分の中で混沌としている。


本日の一言。


最近、東洋の文化は自然と共生しようとしているから自然に優しいんだ、という主張をする人がいますが、どうでしょう。日本も長い間、公害の問題に苦しみましたし中国でもこれは大変な問題です。
過去を振り返ってみると、実はエコロジーの思想は、この西洋の一神教を持つ地域が考え出したということを忘れてはいけません。神がつくった世界にいる人間には、そのつくっていただいた世界を大事にする責任があると考えたからです。

ひとりひとりが勝手な占いの結果になど惑わされないで、それでも自分に意味がある、と感じられる背景には、実は世界の外側にある、一点に集約されたひとりの神がいました。
この神と自分とは結ばれているからこそ人間は、この世界にもあるいはさまざまな考え方を持っている人間にも責任がある、という感覚が生まれてきたのです。

鏡リュウジ著『「占い脳」でかしこく生きる』(河出書房新車)P-94より。


ってなところで、本日は店じまい。
また、明日。


本日のキーワード
・テーラワーダ(初期)仏教


本日の見聞録
・[レンタルDVD]『天国の本屋 恋火』篠原哲雄監督




・[レンタルDVD]『欲望』篠原哲雄監督


コメント (0)  トラックバック (0)

コメント123
     

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)




https://www.pinpoint.ne.jp/cgi-bin/mtpinpoint/mt-tb.cgi/7864
  翌日の日記へ▶