万歩計日和
文/写真・mizugame
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本日のニャンちゃん。
18.08.04(土)
ノンフィクションにもいろいろあら〜な。(1,808歩)

起床07:45 体温36.6℃(10:05) 体重51.8Kg。

ノンフィクションとは"足がいのち"の職業らしい。足で歩き回って人に聞き、靴の底をすり減らして徹底取材しなかれば良い物は生まれないという信仰がある。
-中略-
でもそれじゃあ、なんだかノンフィクションて頭さっぱり要らない、おつむテンテンの物語に思えてくるじゃないか。
人間は"足"ではなく"考える葦"なんだから、もう少し自分の頭を使って考えこむ、反沢木的ノンフィクションが生まれてきたっていい。
沢山の人に会って沢山の話を聞けば、人物や事件の裏が見えてくるナンテ時代はとっくに過ぎ去っている。いまでは人に会えば会うほど、洪水のようなマスコミ情報やミニコミ・口コミ情報によって集団化し、ブロック化した情報化日本人の平均的で、退屈な、パターンに出会うばかりだ。足が頼りのノンフィクションではもう戦えないと知るべきである。

吉田司著『世紀末ニッポン漂流記』(新潮社)あとがきより。


いいな〜吉田司さんのこの小気味よさ。


これを読んでいる時につい先日の事を思い出した。


図書館から借りたあるノンフィクション作家の本を読み始めたら、こんな珍しい書き込みが目についた。


書き込み20180729.jpg


早速この本の著者に「こんな書き込みがありましたが・・・」とご注進メールを差し上げると、


お返事がこれ。


「日大に進学したことは御本人から直接聞いたことです。
原稿はもちろんご本人にも読んでもらっています。」


一瞬目を疑った。


ご指摘ありがとうございましたのお礼の一言がないってことにではない。


こちらもそ〜と〜無礼な体質なのでそんな細かいことはど〜でもいい。


本人から直接聞いたし本人に原稿をチェックしてもらったから間違いはないと著者が確信を持っていることにビックリしたのだ。


この書き込みの真意は「本人が嘘をついているぜ!」ということでしょ。


よく言われるじゃない。


肉親の証言だけでその人の評伝を書くことは出来ない、と。


例えば宮沢賢治が長い間聖人君子のような人間象に祭り上げられていたのは宮沢賢治売り込みの立役者で名プロデューサーの宮沢清六氏(賢治の弟)が情報源だったからでしょ。


清六氏が宮沢家の闇の部分や賢治の負の部分を覆い隠して発信した情報をそのまま鵜呑みにして宮沢賢治論を語るってのは御用評論家のお仕事だ。


清六氏情報は大本営発表のようなもの。


戦果はいつも我にありだからね。


どれだけ時間をかけて丹念に調べ上げても本人の口から出た情報がすべてってのはちと痛い。


のどかなノンフィクションもあるってことか。


ノンフィクションって一体何なのさ!


ってなところで、本日は店じまい。
また、明日。


本日のキーワード
・『世紀末ニッポン漂流記』吉田司著(新潮社)

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