万歩計日和
文/写真・mizugame
今日の写真
享年27歳でした。
18.10.04(木)
眠れ良い子よ。(15.285歩)  

起床05:20 体温35.5℃(07:30) 体重55.2Kg。

一昨日が10,676歩。
夕方、東海道線隣駅の平塚駅前まで往路1時間半のウォーキング。


昨日が11,668歩。
夕方平塚から大磯まで復路1時間半ののろのろウォーキング。


今日が15,285歩。
早朝約1時間半かけて平塚南図書館と袖ヶ浜の無人野菜売り場経由平塚駅までウォーキングで約2時間。


日に日に股関節の痛みが軽くなる。


調子にのって普段のペースでさっさと歩くとズキ〜ンと痛みが警告を発する。


なにごともほどほどに、いいかげん(良い加減)でおさめないと。


のろのろウォーキングとは言え金子も同行している。


5月に救急車で運ばれそのまま16日間入院し退院後100日間の間に4回も救急車に運ばれた。


始めのうちは何度も降圧剤を調整し、その後リハビリ体操を始め、トドメはベッドで休む時にベッド頭部の両サイドの床に置いたスピーカーMarty101から流れる倍音浴シリーズを全身に浴びている


それらの相乗効果が効いてきたようだ。


今日はジャニス・ジョプリンの命日。


昨日も書いたように27歳のジャニスは遺作となったアルバム『パール』録音中にヘロインの過剰摂取でこの世を去った。


ジャニスは1943年テキサス州ポート・アーサーに生まれた。


17歳の時にレッドベリーのカントリー・ブルースに感動し家出を決心する。


18歳になるとテキサス州オースチンにあるテキサス総合大学に学ぶことを理由にポート・アーサーを離れる。


子供の頃のことをジャニスはあまり話したがらない。


「テキサスは、そこに住んで静かに生活するなら良いとこね。でも、反抗的な人には向いてないんだよ。あたしはいつもそうだったんだ。テキサスじゃ、いつも悪く思われていたんだよ。あそこじゃ、誰もがビートニクに良くしないんだから」


控えめな言葉だがどれだけ彼女がのけ者にされていたかが分かる。


故郷が大嫌いだったジャニス。


1966年にサンフランシスコに出る。


67年6月18日。
50,000人が集まったモンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティバルに出演。


観客は熱唱するジャニスに圧倒される。


その日のライブを見たコロムビア・レコードの社長クライブ・デイビスが目を付けた。


68年デビュー・アルバム『チープ・スリル』発売と同時にミリオン・セラーとなりゴールド・ディスク大賞受賞。ロック界最大の歌手と言われるようになる。


全米の若者を熱狂させるロック・クイーンとなったジャニス・ジョプリン。


高校の同窓会に出席するために久しぶりに生まれ故郷のポートアーサーに錦を飾ったジャニスを待ち受けていたのは保守的な人たちの冷たい眼差しだった。


以来彼女は二度と生まれ故郷に足を向けなかった。


68年にデビューし70年に遺作となった最高傑作『パール』録音中にあの世に旅立ったジャニス・ジョプリン


1971年1月11日
『パール』発売。
ビルボード誌のアルバム・チャート9週連続1位。
ジャニス・ジョプリン最大のヒット・アルバムとなる。


1971年1月12日。
録音の半年ほど前に別れたジャニスの恋人クリス・クリストファーソンが作曲した「ミー・アンド・ボビー・マギー」がシングル・カットされる。


1971年3月20日 / 27日
「ミー・アンド・ボビー・マギー」はビルボード・Hot 100の1位を2週連続で記録するジャニス・ジョプリン最大のヒット曲となる。


1971年3月21日
日本盤『パール / ジャニス・ジョプリン』発売。
ライナー・ノートはCBS・ソニーレコード初代ジャニス・ジョプリン担当者丸野正孝(牧範之)さんに依頼した。


丸野さんは83センチ×56センチのポスターを四つ折りにするとA-4 (長辺が2センチ短い)16ページのローリング・ストーン誌のようなライナー・ノートを執筆、翻訳、編集、デザイン、写植の切り貼りすべてたった一人で作成した
これ程アーチストへの愛を感じさせるライナーは見たことがない。
もちろんぼくはこのライナーをジャニス・ジョプリンが大好きだった紫色で印刷した。

ってなところで、本日は店じまい。
また、明日。


本日のキーワード
・ガイキチ丸野正孝氏作成の『パール』ライナー・ノートの一部です。
拡大してご参照下さい。

パール新聞20181002 (1).jpg パール新聞20181002_2.jpg

あとがき.jpg



全16ページのライナーの内容は目次をご参照下さい。
ライナー・ノートの全貌を見たいという方は5日(金)夜7時から大磯のすとれんじふるうつの「大音量でレコードを聴く会」でお見せ致します。
一緒に大音量で「ミー・アンド・ボビー・マギー」を聴きましょう。


P.S.
編集後記にかかれているサッカリンの件。
当初は丸野さんはスカリンと書いたのでそれはちょっとと押し留めました。




ジャニス・ジョプリン。


ある時は童女ある時は娼婦ある時は老婆。


これほど多彩な顔をもつチャーミングな女性はいない。


「ミー・アンド・ボビー・マギー」を聞きながらゆっくり彼女を4分半の間ご鑑賞下さい。



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