万歩計日和
文/写真・mizugame
今日の写真
楽しい時間の共有感謝です!
19.05.25(土)
神も仏もあるものかということかな。(535歩)  

起床10:00 体温36.6℃(19:20) 体重未計測。

昨晩は久しぶりの呑み会で六本木の一億に7人集まる。


昔話に花が咲く暇もないほど色んな話題が登場して終始笑いっぱなし。


いいね〜昔を知っている人どうしで今の話題で盛り上がるのは。


ぼくは人付き合いが苦手で下手なので結婚式も葬式も呑み会も新年会も忘年会もほとんど顔を出さない。


興味の範疇がとても狭いので話題も少ない。


笑いのセンスが違う人と話さなければならないのが何よりも辛い。


悲しい話や感動的な話よりも笑える話がいい。


どんなバカな球を投げてもうまくキャッチして投げ返してくれる人との会話がいい。


心理学者アルフレッド・アドラーは指摘している。


人間の悩みはすべて対人関係の悩みである。


この一言に深く共鳴。


ぼくは情感が希薄なので感情に左右されて人に対する評価が変わることはない。


才能があれば性格は二の次。


苦手な人はいるけれど嫌いな人に出会ったことがない。


ぼくを嫌いな人はいるだろうけどぼくには嫌いな人がいない。


どんなに裏切られてもあの人はそ〜いう人だと思ってしまえばいい。


感情過多な人に弱い。


喜怒哀楽をこれみよがしに表す人が苦手。


喜と楽だけで他はいらない。


お釈迦さまが言うように生きるということは苦でしかない。


毎晩ベッドに入って眠りに入るまでの時間は幸せだ。


その時思うのはこのまま朝が来なければいいということ。


子供の時からその想いは変わらない。


明日なんかいらない。


ずっと哲学と宗教とは何がちがうのかが分からなかった。


アドラーで答えが見つかった。


宗教も哲学も科学も出発点は同じだ。


わたしたちはどこから来たのか。わたしたちはどこにいるのか、そしてわたしたちはどう生きればいいのか。


古代ギリシアにおいては哲学と科学の区分はなかった。


哲学と宗教の違いは物語の有無だとアドラーは言う。


宗教は物語によって世界を説明する。


神は世界を説明する物語の主人公として必要だ。


それに対して哲学は、物語を退ける。


主人公のいない、抽象の概念によって世界を説明しようとする。


アドラーはこう書いている。


真理の探求のため、われわれは暗闇に伸びる長い竿の上を歩いている。


常識を疑い、自問と自答を繰り返し、どこまで続くか分らない竿の上をひたすら歩いている。


するとときおり、暗闇の中から内なる声が聞こえてくる。「これ以上先に進んでもなにもない。これが真理だ」と。


そこである人は歩みを止めてしまう。


竿から飛び降りてしまう。


歩みを止めて竿の途中で飛び降りることをわたしは「宗教」と呼びます。


哲学とは永遠に歩き続ける事。


哲学とは学問というより、生きる「態度」なのです。



これを読んだ時まさにその通りだと心の中で叫んだ。


やっと哲学と宗教との違いが分かった。


創造した物語の主人公「神」に依存するという生き方をぼくはしない。


あれ?妙な方向に話がすべってしまった。


ってなところで、本日は店じまい。
また、明日。


本日のキーワード
・アルフレッド・アドラー




こんな本を書きました。


令和最初の倍音浴!

☆新世界倍音浴☆~牧野持侑 in 増上寺 VOL.24~

音と香りによる心身への相乗効果!

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