万歩計日和
文/写真・mizugame
今日の写真
12月26日花巻発午後8時26分急行に乗車〜朝10時上野着。
20.05.16(土)
100年前にあの人が名付けた通り理想郷なんだね。(1,948歩)

起床05:40 体温36.5℃(07:00) 体重未計測


最近よく聞くのがスペインかぜ


1918年(大正7年)8月から12920年12月まで世界をパンデミックに陥れたスペインかぜは全世界で患者数6億人を数え2,000〜4,000万人が死んだ。


内務省は日本で約2,300万人の患者と約38万人の死亡者が出たと報告している。


ちなみにスペインが発症の地ではなく第一次大戦のさなかにアメリカの軍隊で生まれた。


戦地に向かった軍人たちにより全世界に広がったが戦時中の各国はインフルエンザ情報を公開せず中立国のスペインが発症情報を流したのでこの不名誉な名前で呼ばれるようになった。


スペインかぜが生まれた年の12月27日朝10時母親イチと上野駅に降り立ったのが都内の病院に入院した妹トシの看病をするために上京した22歳の宮沢賢治だ。


トシは最初スペインかぜと診断され花巻に戻ってから2年後に結核と診断されて亡くなった。


宮沢賢治は体が弱く短い一生で何度も大病を患っている。


6歳で赤痢で入院。


18歳のときには蓄膿症で入院し発疹チフスの疑いもあった。


37歳で当時は不治の病だった結核を発症して死亡。



賢治はスペインかぜが大流行した年の年末から翌年3月まで都内に下宿を借りて東京帝国大学医科大学付属医院分院にトシの看病のために通っていた。


病弱で医学にも詳しい賢治は院内では予防着を着て、スプレー消毒を受け、消毒液でうがいをし、通院の道々仁丹を噛み砕いていたことでインフルエンザを免れている。


それから102年たった今年世界中を襲う新型コロナウイルスが蔓延する日本で宮沢賢治が生まれ育った岩手県が唯一発症者ゼロという名誉を記録している。


宮沢賢治は自分が生まれ育った最愛の岩手県をイーハトーブと名付けた。


イーハトーブとは造語で賢治の心象風景の中にある理想郷のことだ。


ってなところで、本日は店じまい。
また、明日。

本日のキーワード
スペインかぜ


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