ピンナップボード
↑TOP
・1)演者と観客が一体となった幸せな時間。(17.10.05)

きっかけは武蔵小山のライブカフェ・アゲインの石川マスターからのお誘いの言葉だった。

「いつも聞かせて頂いているお話が面白いのでトーク・イベントをやりましょうよ」

そうかな〜面白いかな〜。

石川さんちょっとこれを読んで下さいと言って或る原稿をお渡しした。

昨年秋のことだ。

ジャズ友のS.Aさんがfresh! by abemaTVにチャンネルを開設し「磯田さんも番組を持ってみませんか?」と声がかかった。

何を話せばいいの?

「今までプロデュースした作品やデビューさせたアーティストたちの話がいいと思います」

じゃあ昔のこと思い出して原稿にしてみようということで、三ヶ月ほどかけて過去に手掛けた企画・作品のことを原稿に書いた。

原稿は書き上がったがS.Aさんのチャンネルの運営に支障をきたすことが巻き起こり番組はペンディングになった。

その原稿を「きっかけ屋の備忘録〜65,000語の名刺〜」と名付けて石川さんにお渡しした。

その晩石川さんからメールが来た。

「一気に原稿を読ませてもらいました。とても面白いのでこれでトーク・ライブをお願いします!」

一人で話すと単なる回顧録になりそうなのでトークの舵取り人としていろんな音楽に詳しい大河内善宏さんに聞き手になっていただいた。

トーク・イベントのチラシ。

前日までの予約者が4名でしかも全員顔なじみだったのでトークというより雑談話で盛り上がろうかと思っていた。

当日、お客様は13名に増えた。

約2時間半、20歳年下の大河内さんの落ちついたサポートのお陰もあり、1970年にレコード会社に入社してからの数年間、洋楽・邦楽ディレクターとして働いていた時のことをみなさんにお話しした。

60年代後半から70年代中半にかけて若者文化に革命が起き、他の時代とは比較にならないほどサブカルチャーが爆発したことは事実だ。

ベトナム戦争真っ只中のその時代。

創立してたった4年で業界ナンバー・ワンにのし上がったCBS・ソニーレコードという新参レコード会社に働いていた人たちの音楽に対する情熱と欧米で花開いたロック革命の勢いは凄まじいものだった。

サンタナ、シカゴ、ブラッド・スエット&ティアーズ、ジャニス・ジョプリン、センチメンタル・シティ・ロマンス、四人囃子などのアルバム制作とプロモーションに関する話題に終始した。

集まっていただいた方たちの一人一人の反応を確かめながら話が出来る程よい人数だったので2時間半近く楽しい時間を過ごせた。

出演者とお客さんが一体になって第三舞台が浮かび上がったような気分だ。

とても楽しかったという書き込みをFacebookでも頂きホッとした。

こんなんもお見せしました。入社時の給与通知です。
給料20171004 (1).jpg

  next