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言葉の宝石箱



世の中はすべて3つで構成されている。
ホンモノとニセモノ、そして見極めがたいのが似非。
似て非なるもの。
ホンモノを見極める目を育てなければいかない。
-白洲次郎の言葉より-




たいていの人は、神は人間のように人格的な関係を取り結ぶことのできる相手だと思っている。宇宙の広さを、そして広大な宇宙のなかで、人の生涯がどれほどちっぽけで、たまたまのできごとで生じたものでしかないかを直視するとき、そんなことはとうていありそうにない。
『ビッグ・クエスチョン <人類の難問に答えよう>』スティーヴン・ホーキング著(NHK出版)






感情のもつれということが言われる。

これはおかしい。

もつれない感情などありえない。

人は人を理解することが出来ないからだ。

心理学者のアルフレッド・アドラーもこう述べている。

人間の悩みはすべて対人関係の悩みである。







 通常われわれが「自分」だと思っている自分は、左脳優位のときの自分、つまり左脳的アイデンティティだ。それは分析的な理性によって導きだされる自分である。
 分析によって導きだされる自分といっても何が何だかわからないかもしれない。
 しかし、分析とはものとものとの差を見ていく作業であると考えるときに、それはもっtシンプルにわかってくる。
 つまり、分析による自分とは「他のものとの差としての自分」ということなのだ。

-『スリランカの悪魔祓い』上田紀行著より-



 二年半スリランカに滞在し現地の呪術師の治療の様子を観察した上田さんが、自分を、人を、世界を癒やすとはどういうことかをレポートした『スリランカの悪魔祓い』を95年に読み、年間ベスト1の本だとぼくは奥付に記した。
 エンヤの『オリノコ・フロウ』(88年)、『グレゴリアンチャント』(93年)、ヤン・ガルバレイクの『オフィチウム』(94年)の全世界での大ヒットにあやかって「癒やし」とレッテルが貼られた音楽が次々に発売された。ヒーリング・ミュージックと名付けられてレコード店の店先を賑わした音楽にぼくは懐疑的だった。

-『きっかけ屋アナーキー伝』より-




 化学調味料の中でも特にグルタミン酸ナトリウムをとると、私たちの脳の受容体が狂ってきます。
 本来繊細な脳の神経組織では、身体にとって良いものと悪いものを区別できる機能を備えていますが、それを感受する力を遮断してしまい直感力が鈍くなります。洗脳されやすいように、直感に基づいた正常な判断力が低下するように、食のほうからも私たちは誘導されてきたのです。

-『いのちの調律』増川いづみ著より-




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 形がないものは信用しないと。しかし、本物はなかなか形を現さないですよね。
 見えないところにすごい力があってそれを信じて突きとめていく少数の人たちがいる。
 ノーベル賞をもらわれた方々はほとんどが、見えてないものを見えるようにした方たちですね。
 信じる力はその人の中だけにあって、ほかの人には見えていませんよね。

-『水は知的生命体である』森清範・増川いづみ・重富豪著より-






-2019年6月15日-

 非常に多くのアメリカ人が慢性病の犠牲になるにつれ、私たちは病院や医師たちが全力を尽くしてくれるだろう、と期待する。
 しかし残念なことに、新聞は「不適切な治療」がますます増えていることを伝える記事であふれ、裁判所も医療ミス等にかかわる訴訟であふれかえっている。
 医学界で最も高く評価されている雑誌の一つ、『米国医師会ジャーナル』誌(2000年)は「医師の過失」「薬物誤用「投薬」「手術による有害事象」が年間に225万5400人もの患者を死に追いやっていることを明かすバーバラ・スターフィールド医学博士の記事を掲載している。
 すなわち医療行為自体が、ガンや心臓病に次いでアメリカの主な死因の三番目となっているのである。

-『葬られた「第二のマクガバン報告」より-






-2019年6月14日-

 「快感に任せると人間は堕落する」という考え方の人が多い。
 強い意志・理性・知性の力によって自分に命令し、管理・監督していないと人間は駄目になってしまうものだと決めているようである。
 この考え方は、精神の傲慢さを許し、意識を専制君主として、からだを奴隷とすることを何とも思わないという、許すことのできない考え方だと思う。
 そんなに人間という自然は、からだという自然は、信じて任せることのできないものなのだろうか。

-中略-

 私は、からだの感ずる快感は神の声であって、それを歪ませないで素直に貞(き)きとることができれば、必ず生きることの道を示してくれる最も信頼できるものだと信じている。
 自然の神はあらゆる生きものに対し、生きてゆく上での最高のよりどころとして、快・不快を感じる能力を与えたものではなかろうか。

-『からだに貞(き)く』野口三千三著(春秋社)より-






-19.06.11-

 意識の存在を忘れよ。そのとき意識は最高の働きをするであろう。
 筋肉の存在を忘れよ。そのとき筋肉は最高の働きをするであろう。
 脳細胞140億のすべてを休ませよ。そのとき脳は最高の働きをするであろう。
 動きは意識の指令によって起こるのではなく、イメージによって生まれるものである。

-『原初生命体としての人間』野口三千三著(岩波書店)より-






-19.06.13-

 自分が過去に何をしてきたのかを知りたければ、あなたの身体を見なさい。
 将来、あなたにどのようになことが起こるか知りたければ、あなたの心を見なさい。

-ダライ・ラマ14世 twitterより-




-19.06.08-

 病気は前触れもなく私たちに降りかかるものではありません。
 自然に対する私たちの小さな裏切り行為が積もったとき病気はまるで突然のように出現するのです。
-ヒポクラテス-

『アーシング BOOK101』エハン・デラヴィ著(一般社団法人カクイチ研究所)より。






-19.06.07-

 化学添加物や加工食品が体に良くない理由はもう一つある。

 食べ物には栄養価が不可欠だが「振動」も大切だ。
 「振動」とは食材が持つ計測可能な「生命力エネルギー」のことだ。

 しかし化学的、遺伝子的な変化を与えたり高度に加工したり化学物質を加えたりすると、そのエネルギーは著しく変化する。

 この観点から見ても、電子レンジは危険だ。

『病気にならない人は知っている』ケヴィン・トルドー著(幻冬舎)より-




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-19.06.06-

 人間の体は、「よく食べれば、その分よく出る」と思っているかもしれませんが、それは明らかに間違いです。基本的に、人間の体は吸収をしている時は排泄を阻害している。

 従って、食べれば食べるほど体は排泄することができないのです。消化する時には消化器官である胃や小腸に血液が集まります。そうすると、排泄器官である大腸や腎臓に行くべき血が少なくなる。そうして排泄が悪くなってしまうのです。

 逆に、食べ物を食べないとどうなるか。胃や小腸を休めると、それらの消化器官に集まるべき血が排泄器官に集まり、排泄が良くなる。ですから、食べ物を食べないほうが排泄がいいというわけです。

 いろんなものを入れることより、余分なものを出すことによって若返りをはかったほうが体にはいいのですね。

-『病気が逃げ出す生き方』安保徹+石原結實著(講談社)より-

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