預言者
文・あかいししょーこ
16.11.06(日)
天命を完(まっとう)うするとは〜その4


この世に肉体をまとって現れるに際しては皆それぞれ目的があると言われています。


ひとくちに目的と言いましても長い人生です。


自分一人では成し遂げられないこともあると思います。


歩き続けるのが困難なときもあるでしょう。


そんなときに一緒に歩いてくれる人がいたらどれだけ心強いことか。


ソウルメイトという言葉を知ったのはそれほど昔ではありません。せいぜい10年くらい前だったと思います。


でもそんな言葉を知る前からソウルメイトとはこういう存在ではないかと思わざるを得ない人物に私は出会っていました。


磯田秀人、夫です。


磯田と出会ったのは70年代の初頭です。彼はレコード会社の洋楽ディレクター、私は音楽業界誌の編集記者でした。


扱っている対象が同じ音楽とはいえ、彼は洋楽、私の担当は日本のフォークとロックです。


どこかですれ違うことはあっても親しくなる機会はなかったはずですのに、これもやはりご縁というものでしょうか。


同僚に頼まれて洋楽の特集を手伝ったことから磯田と話すようになり、それがきっかけで交際がはじまったのですが、恋愛にいざこざはつきものです。


別れの時がやってきました。


ところがです、別れて数日後にばったり出会ってしまったのです。しかも、一度ならず何度も。


同じ音楽業界ですし、会社は二人とも六本木ですから、出会うことがあっても不思議はないのですが、交際していた2年の間にばったり会うことなど一度もありませんでした。


なのに、別れた途端、出会いが多発するとは!


これには驚きました。


極め付けは「仕事をもっとちゃんとやろう」と、実家を出た私が借りたマンションの目の前の通りが、彼が毎日車で通る通勤路だったことです。


東京にはいくらでもマンションがあるというのに、なんという偶然でしょう。


そんなことが続いた挙句、一緒に暮らすようになるのですが、結婚してからも「もう一緒にはいられない」と離婚を考えたことが3度や4度はあったと思います。


しかしながらそういう深刻な事態になりますとどういうわけですかそうはならいのです。


とことん危ないところまでいってるのに「今生はこの人と添い遂げななさい」と天から命じられているかのごとく、離婚には至らないのです。


出会いから46年。


仕事も含めどうにかこうにか二人三脚でやってこられたのは、ひとつには「食」の影響、もうひとつは「犬と猫の存在」があるように思います。


一緒に暮らし始めた1年後、借りていたマンションの廊下伝いに現れた1匹の猫がいました。


隣の人が転居時に置き去りにした猫です。


私はニックネームこそ長年「ネコ」と呼ばれていますが、実は大の猫嫌い。怖いと言っても良いくらい猫は苦手でした。


状況説明は割愛しますが、家で飼うことになったその雌猫はニャンコちゃんという名前がつき、お産も2回して私たちに子猫の愛らしさを教えてくれました。


猫を飼うなら犬も飼うべきだという私の主張の根拠がどこにあったのか、今となっては不明ですが、猫は駄目でも犬と一緒なら大丈夫と思ったのかもしれません。


ニャンコちゃんと時を同じくしてやってきたのが雌犬のタヌちゃんでした。


1977年、ニャンコちゃんから始まった我が家の犬猫の歴史は2006年の暮れ、猫のゲンキチ君の死で終わるのですが、実に満30年。


子育てにも匹敵する長い時間でした。


特に話し合ったわけではありませんが、子供は持たないということで二人の気持ちは当初から一致していました。


とはいえわがままな私たちのことですから、二人だけで暮らしていたら、こんなに長くはもたなかったでしょう。


ニャンコちゃんやタヌちゃん、キシン君たちがいてくれたからやってこられたのではないかはないかと思います。


死んだ後に行く「私のユートピア」にはみんなが待っててくれる。


そう信じているのですが、さて、その死ですが、最近の思念波(テレパシー)によりますと、上手に寿命を使い回せば126歳まで生きられるとのこと。


そんな長生きしたってしょうがないよ。


とか、


なんでそんなに長生きがしたいのか。


という声が聞こえてきそうな気がしますが、1985年から実践してきたマクロビオティックの基本原則は「健康な長寿」です。


長く生きて、その長く生きた身体がどういう状態なのかを見極めるのが私の「究極の天命」なのです。


飲食物が変わると肉体や意識はどう変化するのか。


加齢とともに変容する探査の旅は大変興味深いものがあります。


クリアーな意識のまま生を終えるために食は大きな影響があると私は考えています。


そのためには何を食べれば良いのか身をもって表していくこともまた私の使命であり天命であるように思います。


長くなりましたが、最後に下の写真ご注目ください。


磯田300.jpg


凍傷で足の指を8本失うも、8度目の挑戦で白人として初めて北極点に到達したと言われているアメリカ人の探検家、ロバート・E・ピアリーさんという人です。


それでですね、この人はなんと、磯田の前世なのだそうです。


すごい人ですね〜、ピアリーさん。日本に仏教を伝えるため6度の航海を試みた鑑真和上を思い出します。


天命を完(まっとう)するというのはまさに命がけであることがわかります。


「音はなぜ癒すのか」を今世のテーマに選んでいる磯田ですが、3歳で母方の叔父からジャズの手ほどきを受けたことがきっかけとなり、以来65年。


「音」に関する不撓不屈(ふとうふくつ)の行脚の道はまだまだ続くようです。


磯田が前世を知った経緯はこちらをお読みください。


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